2010年06月27日

第63話『扉の向こう側』感想。


鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST FINAL BEST(DVD付)

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  • アーティスト: TVサントラ
  • 出版社/メーカー: アニプレックス
  • 発売日: 2010/07/28
  • メディア: CD



とうとう来週が最終回か…。

ガンガン7月号が大変なことになってるみたいですが、63話からとうとうその7月号のハガレン最終話に突入。
原作のあの台詞はいれて欲しかったなぁ、あのシーンは削られちゃったかというのはなきにしもあらずですが、そんなことよりも、やっぱり本誌で泣いたとこで、今日も号泣しました。今日もいいものを見せてくれましたアニハガFA。ありがとう!!

グリードとリンの別れの所、
エドが「クソ親父」って泣いてる所、
ホーエンハイムが笑って死んでいる所が私的な3大泣きシーンでした。
勿論、良かったねと笑えるシーンもありました。
エドとアルが共に還っていくシーンとかエドが大総統夫人にセリムを渡すシーンとか。

63話はフラスコの中の小人とホーエンハイムの最終回だった気がします。
小人が何を欲しかったのか、本当のところは何だったのかといったっ小人の本音が、小人が真理と対峙した時の問答やホーエンハイムが奴隷時代を振り返るアニハガオリジナルを見たときに、原作とはまた違った思いや感情が浮かんで、アニハガでそうだったかもと思いました。
漠然としていてごめんなさい。なんか上手く言えない。

ホーエンハイムの「おまえの幸せってなんだ?」の問いに、
「贅沢は言わない、このフラスコの中から出られる身になれば幸せかな」と答えるかつてのフラスコの中の小人。
ホーエンハイムの血から生まれた小人。奴隷だった23号と小人の願いがダブる。
小人も独りであんなことをやらかさないで、ホーエンハイムが自由になれるのに手を貸したように、フラスコの中から自由になる方法をホーエンハイムと一緒に探してたら、小人の結果もまた違ったものになったように思う。


グリードの最初の最後のウソ。信条を曲げてまで守りたかったのはやっと手にした仲間。
「十分だ…もう十分だ。もう何にもいらねぇや……じゃあな、魂の友よ」
笑って、満足して逝ったグリード。哀しいんだけど浮かぶ言葉は「ありがとう」とか「良かったね」で泣きながらも笑って見送ることが出来ました。それでも欲を言えばグリードとリンが喧嘩しながらもシンの皇帝をやってるとこも見たかったな。


生まれた場所に還る小人。
小人「私は知りたかった、この世の全てを。何ものにも縛られず、自由に、広い世界に…私は―」
目の前には真理と真理の扉。
かつて人間達に突きつけた言葉その身に絶望としてかえってくる。

「どうすれば良かったのだ」と問う小人。
「おまえはその答えを見ていただろうに」と真理。

答えとはどんなものだったのだろう。少なくともお父様のやり方ではなかった。所謂視聴者の想像にお任せで、視聴者それぞれの頭に浮かんだこと、それが答えなんでしょうね。
それでもさっきも書きましたが、ホーエンハイムを共犯者にするのではなく、仲間にしてたらと思います。己を信じ、知り、ホーエンハイムを信じ、頼って。


戦いが終わり。戻らないアルを取り戻す方法を必死に探すエド。
ホーエンハイムがエドに見せた親の姿、愛情。
ホーエンハイム「父親だからだよ。必要とか理屈じゃないんだ。おまえ達が何より大事なんだ、幸せになって欲しいんだ」

親って凄い、私の親もそうなんだろうかと思いました。なんか親孝行が急にしたくなってくる。
ストレート過ぎる親の愛情を受けてやっと泣くことができたエド。
もらい泣きです。泣くなと言う方が無理だ。


仲間に囲まれてエドが発動する最後の錬金術。
何かを決意して、仲間を見て、迷いない、力強い光を見せるエド。
曇りない、真っ直ぐな瞳が綺麗でした。


自分の真理の扉と錬金術を代価にアルを取り戻すエド。
「錬金術がなくても皆がいるって」そう笑うエドの顔がほんとに良くて、好きだな〜。屈託のないエドの笑顔を久し振りに見た気がします。


トリシャの墓前で逝くホーエンハイム。
くずぐったそうにエドが親父って呼んでくれたことを語る姿が心底嬉しそうでしたね。その嬉しさや喜びがまんま笑顔となって死んでいるホーエンハイム。不老不死じゃなくなる方法を探してたのに、死にたくないなあ、生きてて良かったと思う瞬間に彼が出会えて良かったです。
エドもそうですがホーエンハイムも記憶にいつまでも残るような笑顔を見せてくれる。

ホーエンハイムの走馬灯のようなOP(ED?)が最後の最後まで泣かせてくれる。トリシャが彼を迎えにきたようにそっと手を差し出すとことか、家族写真がもうね、泣きやむ事を許してくれない。


さあ残り1話。
予告で「あれ、またエド汽車に乗ってる」とアニハガ1期の最終話を思い出しました。
posted by anwarterdrei at 19:25| Comment(7) | TrackBack(0) | 鋼の錬金術師FA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんわ〜。

今日は帰りみちみちFAの感想読ませて貰ってました。
いつもは見終わってから読ませて貰ってたんですが、なんだか気になっちゃって_φ(・_・

終わり方良かったですよね、ホーエンハイムがこんなに出ずっぱりだったのって今回初めてだったような気がしました。

そして、エドワードの「クソ親父」はほんとに感動しました。私もともと親子モノに弱いので、すぐに涙腺ゆるんでしまいますよ(T . T)(泣)

アルフォンスも戻ったし良かった良かった♪

そういえば最近ふと思ったのですが、原作に比べてFAのほうがキャラの性格まっすぐな感じします。原作のが割りとさらりとした感じ?(って言って上手く伝わるかは微妙ですがf^_^;)

どっちがイイとはいえないですけど…うん、どっちもイイですね♥

※予告の汽車のエドワード、私も1期思い出しちゃいました。懐かしいです(^∇^)
Posted by K at 2010年06月27日 23:50
今回も泣けましたが、ただ、なんだか穏やかな気持ちで観ることが出来ました。

確かにホーエンハイムとフラスコの中の小人の回でしたね。
フラスコ〜は、ホーエンハイムの血から出来ていて、そして扉の中に「戻る」ことをいやがった。
本誌を読んでから思っていたんですけど、フラスコ〜って、ホーエンハイムの真理の扉の中から出てきたのかな、とか。。
いや、読み終わってからフラスコ〜って一体なんだったのか。考えちゃって(笑)

扉に引きずり込まれる時の涙、ちょっとエンヴィを思い出したりして。
エンヴィみたいに穏やかではなかったけれど。

ホーエンハイムの最後は、本誌より丁寧に描かれていて、より涙を誘いました。

私も原作から省かれた部分にがっかりしたり、増やされた部分に喜んだり。
でも、どちらもよいですよね。

あと一話。
ある意味「後日談」に一話をさくなんて、かなり珍しい。
楽しみですね。
Posted by cerbiatto at 2010年06月28日 08:32
>Kさま

63話はホーエンハイムに捧ぐ回でしたね。これまで意味深にOPやEDに、存在感たっぷりに登場してきた彼ですが、その集大成が63話でした。

原作最終回の時間軸と言うか、演出を大幅に変えてホーエンハイム一本に絞ったのは良かったと思います。もう泣けた泣けた。
「クソ親父」は罵倒の言葉なのに、エドの父親への気持ちがこもってた。

アニハガFAのキャラ、言われてみれば原作よりも若干ドライというのがあるかもと思いました。どこがと言われるとう〜んとなるのですが…。結びつきが弱いわけじゃないけど、その結びつきを示すところをぼかしてたり。
漫画と違って、目や表情の些細な動き、感情を表すようなBGMや声でその部分を表現しているからかな〜と思います。

アニハガFAならではの良さが十二分に発揮されてるので、どっちも面白いですね。展開がわかってるのに、それでも泣かされたり、驚かされたり、興奮させられます。

予告のエドはそうですよね。一期の空に向かって手を伸ばすエドを思い出しました。あの時からとうとう本当の最終話を迎えるんですね。


> cerbiatto さま

私も見終わった後は穏やかな気持ちになりました。なんか見せきられたような、満足させられたような。何の悔いもなく、例えば、澄み渡る朝の晴天を見た時のような気持ちというか。わかりにくくてすみません。

小人って一体何だったんでしょうね。「あそこには戻りたくない」って言ってたので、私もホーエンハイムの真理の扉の中の一部だったのかなと思いました。
小人とホーエンハイムの追加された部分は良かったです。小人のことがちょっとわかったように思えました。
ホーエンハイムの最期もお墓に語りかける所は原作とは違いましたがこっちも好きです。特に「クソ親父」って呼ばれたとはにかむように笑うホーエンハイムの顔はまだ脳裏の焼き付いてます。最期の笑顔も。

来週はたっぷり「その後談」。アニメならではの追加やサプライズが楽しみです。
最後の30分。楽しみたいです。
Posted by anwarterdrei at 2010年06月28日 20:49
かつて、こんなにOP曲が演出に活用されたアニメってあっただろうか……

FAスタッフの演出の素晴らしさに脱帽しっぱなしです。

本編は泣き通しの30分。グリリンから始まり、クソ親父、ホーエンハイムの死に様と
涙が止まる暇がない状態。

泣き叫びながら扉に引き込まれる小人の最後はひたすら哀れでしたね。
ほんと、どうすればよかったのかしら?

『お前はその答えを見ていただろうに…』の指し示す先がエド達だとすると、
やはり『仲間』がいたことが大きいのでしょうか?

さて、いよいよ最終回ですね。
原作にはないサプライズを期待してますよ!FAスタッフ!!(゚ー゚)ニヤリ
是非マスタング組のその後を!
個人的にはスカーと大佐が再会してるシーンとかあったら嬉しいのになぁ…
Posted by sakamaki at 2010年06月29日 22:35
>sakamakiさま

最後にOPがかかって初めて、そういえばOP流れなかったな〜と気付きました。ホーエンハイム辺りの演出はほんとに脱帽ものでした。泣く場面だとわかってるのに、さらに泣かせてくれる。

小人は哀れの一言に尽きますね。グリードが満足して逝ったのは対照的。
どうすればよかったのか?私も『仲間』やブラッドレイが言うように『成長』があれば良かったのかなと思いました。

もう少しで最終回ですね。あと1回。
マスタン組のサプライズ、私も期待大です。
心残りなく楽しみます。
Posted by anwarterdrei at 2010年07月01日 20:48
この回を最後にして、2話分スペシャルで最後まででも良かったですね。
小人のやりすぎは、人間の責任。
偶然でも扉の向こうから出したのも人間だし、
(奴隷23号ではない)不死を望んで最初に自国民を犠牲(血の紋)にしたのも人間(王)なのだから。
どうすれば良かったのかは、セリムの歩みの先にあるのでしょう。
それでも、小人の「成長」でフラスコから出られたかに、「真理」は答えていませんが。
Posted by かよ at 2010年07月12日 23:19
>かよ様

そうですね。最終回一個前の方が最終回っぽい感じでした。後日編を足しての1時間最終回SPでも良かったですね。

小人はやり過ぎちゃいましたが、元の元は人間が生みだしたもの。小人は人間の生き過ぎた姿なのかもしれませんね。
小人は人を利用するのではなく、協力することをしていたら、その成長があればもっと違った結末だったようにも思えます。

それにしても「真理」とは一体何だったのか。己や世界の鏡みたいな存在だったのかなと今にしては思います。
Posted by anwarterdrei at 2010年07月13日 21:31
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